日付:2005/07/24
路面状態:ダート
起点:N35^21'54.27"/E140^05'21.31"(木更津市真里谷)

終点:N35^21'21.55"/E140^06'04.53"(木更津市真里谷)

距離:1.7km(ピストン)
武田川を渡り、かつて「上総の高野山」と言われた真如寺付近にこの路線の入り口を示す林道標識を見つけることができる。
余談であるがこの寺、今を去ること540余年前の室町時代中期に当時上総の国一円を支配していた真里谷城主武田信興(甲斐武田氏と同族)が開基となり、密山鐘正巌禅師を開山として(1464年)に創建された古寺である。最盛時には末寺48ヶ寺、孫寺200数十ヶ寺を有し、堂塔30余棟、修行僧も常に80余名というほど栄えていたが、明治維新の際に幕府残党500人が寺に立て篭もり、攻めてきた官軍兵が寺にたいまつを投げて放火。堂塔全てが灰燼に帰してしまった。。。ということだ。
【参考】木更津市富来田商工会(真如寺):
http://www2.odn.ne.jp/fukutashoko/
chiki_map/sinnnyoji/index.html

<圏央道建設中>
さて路線であるが入り口付近こそ舗装されているものの、数百メートルでダートに変化し砂利混じりの快適な路面が杉林の中に続いている。入り口から700mほど進むと現在、建設が進められている圏央道の工事箇所によりいったんは分断され、もはやここまでかと心配になるが、しっかりと未舗装の迂回路が設置されその先も走ることができる。談合疑惑でいろいろと物議を醸し出しているJHであるがこの点だけは感謝。

<快適な道が森の中を延びている>
その後、ほとんど一直線に山の中を突き進み1kmほどで終点地点になる。ここには道標があるが向って左方向は2〜300mで草木に行く手を阻まれる。右方向は集落まで降りられた(民家の傍に出る)のだがハイキング等の徒歩道(現に織りきった所の住民の方に話を伺うと「歩け歩け大会」等で人が歩いているらしい。)の様相で、距離的にも300mくらいしかないことからもピストン路線として折り返してほしい。
路面状態:ダート
起点:N35^21'54.27"/E140^05'21.31"(木更津市真里谷)

終点:N35^21'21.55"/E140^06'04.53"(木更津市真里谷)

距離:1.7km(ピストン)
武田川を渡り、かつて「上総の高野山」と言われた真如寺付近にこの路線の入り口を示す林道標識を見つけることができる。
余談であるがこの寺、今を去ること540余年前の室町時代中期に当時上総の国一円を支配していた真里谷城主武田信興(甲斐武田氏と同族)が開基となり、密山鐘正巌禅師を開山として(1464年)に創建された古寺である。最盛時には末寺48ヶ寺、孫寺200数十ヶ寺を有し、堂塔30余棟、修行僧も常に80余名というほど栄えていたが、明治維新の際に幕府残党500人が寺に立て篭もり、攻めてきた官軍兵が寺にたいまつを投げて放火。堂塔全てが灰燼に帰してしまった。。。ということだ。
【参考】木更津市富来田商工会(真如寺):
http://www2.odn.ne.jp/fukutashoko/
chiki_map/sinnnyoji/index.html

<圏央道建設中>
さて路線であるが入り口付近こそ舗装されているものの、数百メートルでダートに変化し砂利混じりの快適な路面が杉林の中に続いている。入り口から700mほど進むと現在、建設が進められている圏央道の工事箇所によりいったんは分断され、もはやここまでかと心配になるが、しっかりと未舗装の迂回路が設置されその先も走ることができる。談合疑惑でいろいろと物議を醸し出しているJHであるがこの点だけは感謝。

<快適な道が森の中を延びている>
その後、ほとんど一直線に山の中を突き進み1kmほどで終点地点になる。ここには道標があるが向って左方向は2〜300mで草木に行く手を阻まれる。右方向は集落まで降りられた(民家の傍に出る)のだがハイキング等の徒歩道(現に織りきった所の住民の方に話を伺うと「歩け歩け大会」等で人が歩いているらしい。)の様相で、距離的にも300mくらいしかないことからもピストン路線として折り返してほしい。
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